平成17年12月9日 やきとん秋田屋 46年の旧店舗での営業に幕を閉じた最後の1日  

open 2006.1.1
      
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(※本サイト掲載の写真はWEB用に画質を落としています。)
 わざわざ電車で浜松町までやってくるというファンを多く持つ秋田屋はやきとんの老舗。豚モツの串焼きを備長炭で焼くので、ヤキトンという。いい匂いが大門の交差点付近に漂い、道路に溢れるように人がたかっているので、立ち飲み屋と思われるが、中にはちゃんとテーブル席もある。

 日の出桟橋等にちかいこともあり46年前の開店当時は港湾労働者達が主な客だったそうであるが、周辺地域のオフィス街化にともない客筋はサラリーマンに代わった。

 10年前までは「オヤジ」中心の店だったが、外国人客やOL等女性客も増えた。女性だけでも訪れて堂々と立ち飲みしているのは、最近の流れか。 ここ数年はTVで紹介されたりして連日閉店まで直ぐには中に入れない状態で、にぎわっていた。

 そして、12月9日、建替えによる旧店舗での最終営業日を迎えた。
12月9日秋田屋の旧店舗の最後の夜〜閉店まで
店頭には休業のお知らせが▲ ▲閉店を名残惜しんだ客が溢れる
▲閉店時間近いのに店内は満席
▲最近は女性客の立ち飲みも多い
店の角がヤキトンを焼くコーナー ご主人兄弟が長年にわたり焼き続けている▲ ▲備長炭が赤々と…
あえて、ヤキトンを焼く前で立ち飲みする客もいる▲ ▲厨房の中で仕込みをおこなうお母さん達
客と会話しながらヤキトンに「たれ」をつけるご主人▲ ▲手際よくたれをつける…
ヤキトンは「たれ」と「塩」がある。ネタによっては「醤油」も。▲ ▲何十年もの味が凝縮したたれの壷…
携帯で撮影しているのは英字新聞JAPAN TIMES記者のRさん。▲ ▲撮影している先は…

Rさんが秋田屋を取材した記事が掲載された紙面を説明。▲
▲写真と記事の掲載された紙面を見せる
▲そして、Rさんと笑顔で握手
最終日は1時間延長して閉店。それでも店の前には名残惜しむ人たちが…▲ ▲記念にお母さんも撮影…
閉店後に長年焼き続けた場所を後片付けするお父さん。さわやかな笑顔が印象に残る。▲ ▲看板の明かりも消えて…
片づけが一段落したところで、スタッフ全員で記念撮影。▲
■取り壊される店舗の様子を今一度眺めてみる
見慣れたメニューも見納め▲ ▲黒札は売切れ
客のいない店内はひときわさびしい?▲ ▲ヤキトンにかかせない一味も集められて
なんとなく味わいさえ感じる便所(奥)▲ ▲便所(手前)







 最近は年のせいか「カフェバー」等のおしゃれな店より「赤提灯」の
下がっているような居酒屋に行くことが圧倒的に多い。
串焼き関係の店の赤提灯に書かれている文字は大きく3つある。

「焼き鳥」、「やきとり」そして「やきとん」だ。亜流として「もつ焼き」がある。
「焼き鳥」は「チキン」で「豚」もつは出さない。
「やきとり」は両方だったり、どちらかだったり入ってみなければわからない。
「やきとん」は「豚」であることを強調したこだわりを感じさせる。私はこの「豚もつ」派だ。
「もつ焼き」も、ほとんど「豚もつ」だろう。
関西では「やきとん」はあまり見かけない。
豚もつは「ホルモン」として焼肉料理的に扱われている。

浜松町(芝大門)には秋田屋の他に麻布十番「あべちゃん」の
姉妹店の「てっちゃん」があり、ここもうまい。
もちろんここも「やきとん」の赤提灯をかけている。

吉祥寺には有名な伊勢屋という店があるがここも「豚もつ」で
店構えも同じように古さと貫禄を感じさせる。
秋田屋が東の横綱で、西の横綱は伊勢屋という人もいる。
そう言うと、いやどこそこの何とかいう店の方がうまいぞという反論も聞こえてくる。
そのような行ったことの無い店を教えてもらい訪ねるのももちろん楽しみである・

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正月現在、秋田屋の建物は解体中で、
1月中旬には近くの仮店舗で営業を始めるとのこと。
春から夏には5階建ての新店舗が完成・開店する。
当然新しい店では、あの愛すべき旧店舗の雰囲気を継承するのは
難しいしであろうが、とにかく楽しみに待つことにしよう。

Ken Kurihara





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2007.1.1〜(restart)